記憶がない…考えられる病気とその対策
突然「記憶がない」「直前の出来事を覚えていない」といった症状が現れると、不安になる方も多いでしょう。この記事では、記憶がなくなる原因となる代表的な病気や症状、診断・治療・予防方法について、専門医が分かりやすく解説します。
記憶がなくなるとは?物忘れとの違い
「物忘れ」と「記憶喪失(健忘)」は似ているようで異なります。物忘れは加齢や疲労、ストレスなどで一時的に思い出せない状態。一方、健忘は体験そのものの記憶が抜け落ちる症状で、日常生活に大きな影響を及ぼす場合もあります。
- 物忘れ:忘れている自覚がある/ヒントで思い出せる
- 健忘:体験自体を忘れる/自覚がない場合も多い
記憶がなくなる主な病気
一過性全健忘(TGA)
突然、1時間~24時間程度、直前の出来事を覚えていられなくなる病気です。自分の名前や家族の顔は分かるものの、今どこにいるか・何をしていたかが分からなくなります。発症中も普段通り行動できる事が多く、症状は自然に回復します。50歳以上の男性に多い傾向があります。
症例で分かる「記憶がない」症状の実際
症例1
30代の頃から片頭痛のあった50代前半の男性です。
ある朝、いつものように自動車を運転して出勤しました。しかし、会社に着いた時に「あれっ、俺は何で今ここにいるんだろう?」と思いました。起きて歯を磨いたところまでは覚えていましたが、その後朝食をとって家を出た事も、どういう道を走ってきたのかも、記憶がないのです。そこで、車の場所へ行って確認したのですが、事故を起こした形跡はありませんでした。
MRI検査(拡散強調画像)を見たところ、
左の海馬(記憶に関係する場所)に白く光っている部分があり、きわめて小さな脳梗塞と考えられました。
このMRI画像所見から、一過性全健忘と診断しました。
症例2
今まで特にこれといって病気にかかった事もない40代後半の男性です。片頭痛の既往もありません。
金曜日に仕事が終わって同僚と飲みに行きました。居酒屋でビールを飲み食事をした所までは覚えているものの、その後どうやって帰宅したかが分からない状態でした。元々アルコールには強く、それ程大酒を飲んだ記憶もありません。同僚に電話したところ、分かれた後いつもと同じように電車に乗って帰ったとの事でした。
心配になり、翌日当院を受診しました。
MRI検査(拡散強調画像)を確認すると、
右の海馬に白く光っている部分があり、やはり微小な脳梗塞と診断しました。
MRA検査(脳動脈の撮像)で見ても、
脳梗塞の原因となるような動脈硬化はなく、正常でした。
症状と画像所見から一過性全健忘と診断しました。
記憶がなくなる病気の診断方法
- ・問診(本人・家族からの情報)
- ・神経学的検査(MRI、脳波など)
- ・精神科的評価(DSM基準、心理検査)
- ・鑑別診断(他の病気との区別)
症状が現れた場合は、早めに専門医を受診しましょう。
治療と対応
- ・一過性全健忘:自然回復が多い。安心できる環境で経過観察。
- ・解離性健忘:精神療法・心理療法・ストレスケアが中心。
- ・認知症・脳疾患:薬物療法・リハビリ・生活環境の調整。
家族や周囲のサポートも重要です。本人の不安を和らげ、安全確保を心がけましょう。
予防・再発予防のためにできる事
- ・充分な睡眠、バランスの良い食事
- ・適度な運動、ストレス管理
- ・生活習慣病の予防
- ・早期受診・定期検診
まとめ
記憶がなくなる症状は、様々な病気が原因で起こります。突然の記憶障害を感じたら、自己判断せず早めに医療機関へ相談しましょう。早期発見・適切な治療が回復や再発予防につながります。
文献
- 水間 啓太, 矢野 怜, 村上 秀友, 河村 満, 山岸 慶子, 栗城 綾子 一過性全健忘の病態機序―12例の画像所見からの検討― 昭和学士会誌、第75巻191-197、2015
- David R Spiegel, Justin Smith, Ryan R Wade, Nithya Cherukuru, Aneel Ursani, Yuliya Dobruskina, Taylor Crist, Robert F Busch, Rahim M Dhanani, and Nicholas DreyerNeuropsychiatr Dis Treat. 2017; 13: 2691–2703 s.
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この記事は横浜脳神経内科医師が書いています。
資格
- 日本神経学会神経内科専門医・指導医
- 日本頭痛学会専門医・指導医
- 日本脳卒中学会専門医
- 日本内科学会認定内科医
- 身体障害者福祉法指定医
(肢体不自由、平衡機能障害、音声機能・言語機能障害、そしゃく機能障害、膀胱直腸機能障害)
略歴
- 1988年3月 千葉大学医学部卒業
- 1989年10月 松戸市立病院 救急部
- 1994年10月 七沢リハビリテーション病院
- 2002年4月 沼津市立病院 神経内科
- 2002年11月 長池脳神経内科開設
- 2012年11月 横浜脳神経内科開設