記憶がない…

「ある日突然に記憶が途切れてしまう」という疾患があります。

症例1

30代の頃から頭痛持ちで、片頭痛と言われていた50代前半の男性です。

ある朝、いつものように自動車を運転して出勤したのですが、会社に着いた時に「あれっ、俺は何で今ここにいるんだろう?」と思ったのが発端です。起きて歯を磨いたところまでは覚えていましたが、その後朝食をとって家を出た事も、どういう道を走ってきたのかも、記憶がないのです。車のところへ行って確認したのですが、事故を起こした形跡はありませんでした。

母親が脳梗塞を起こした事が気になり、常々片頭痛で悩んでいた事も相談しようと思い横浜脳神経内科を受診しました。

MRI検査(拡散強調画像)で見たところ、

海馬高信号

左の海馬(記憶に関係する場所)に白く光っている部分があり、きわめて小さな脳梗塞と考えられました。

このMRI画像所見から、一過性全健忘と診断しました。

 

症例2

今まで特にこれといって病気にかかった事もなく、高血圧症や糖尿病なども指摘されていなかった40代後半の男性です。片頭痛の既往もありません。

ある日の晩、何となく頭の中がボーッとする感じがあり、歩くとフワフワした感覚がありました。翌朝出勤し定刻に会社には着いたのですが、どこの道を通ってきたかを覚えておらず、いつの間にか会社にいたとおっしゃっていました。前日に夕食を食べたところまでは記憶があるとの事でした。

心配になり、会社を早退して同日午後に横浜脳神経内科を受診しました。

MRI検査(拡散強調画像)を確認すると、

海馬の脳梗塞

右の海馬に白く光っている部分があり、症例1の方とは反対側ですが、やはり微小な脳梗塞と診断しました。

MRA検査(脳動脈の撮像)で見ても、

海馬の脳梗塞

脳梗塞の原因となるような動脈硬化はなく、いたって正常な状態でした。

やはり症状からは一過性全健忘と診断されますが、実際には海馬の脳梗塞が原因という事になります。

 

一過性全健忘とは、一時的に記憶が途切れるという症状で、通勤や家事などの行動は普通にできてしまうのです。記憶のなくなる時間は30分から数時間で、多くは24時間以内に元に戻ります。MRIでは海馬のCA1領域という部位に異常信号1) が見られます。

一過性全健忘のメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、片頭痛との関連2) も推定されています。

引用文献

  1. 水間 啓太, 矢野 怜, 村上 秀友, 河村 満, 山岸 慶子, 栗城 綾子一過性全健忘の病態機序―12例の画像所見からの検討― 昭和学士会誌、第75巻191-197、2015
  2. David R Spiegel, Justin Smith, Ryan R Wade, Nithya Cherukuru, Aneel Ursani, Yuliya Dobruskina, Taylor Crist, Robert F Busch, Rahim M Dhanani, and Nicholas Dreyer: Transient global amnesia: current perspectivess. Neuropsychiatr Dis Treat. 2017; 13: 2691–2703

(文責:理事長 丹羽 直樹

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