記憶がない…考えられる病気とその対策
突然「記憶がない」「直前の出来事を覚えていない」と感じた時、不安や戸惑いはとても大きいものです。本記事では、記憶がなくなる原因となる主な病気や症状、その診断・治療・予防法、そして万が一の時にどう行動すべきかを専門医監修のもと分かりやすく解説します。
記憶がなくなるとは?認知症との違い
記憶喪失(健忘)と認知症は異なるものです。以下に違いを示します。
| 比較項目 | 健忘 | 認知症 |
|---|---|---|
| 原因 | 加齢やストレス、睡眠不足、一時的な注意力低下など | 脳の神経細胞の変性や破壊(例:アルツハイマー病、脳血管障害など) |
| 記憶障害の特徴 | 体験した事の一部を思い出せない(ヒントがあれば思い出せる) | 体験自体を忘れてしまう(ヒントがあっても思い出せない) |
| 記憶以外の障害 | 基本的に記憶以外は保たれている | 判断力・理解力・言語・時間や場所の認識なども低下 |
| 自覚の有無 | 自分で自覚している | 忘れている事自体に気づかない(自覚が乏しい) |
| 日常生活への影響 | 生活に大きな支障はない | 日常生活に支障をきたす(支援や介護が必要になる事も) |
| 経過 | 一時的 | 徐々に進行し、改善しにくい |
| 対応・治療 | 休養、睡眠、ストレス対策、生活習慣の見直しで改善可能 | 原因疾患の治療、薬物療法、リハビリ、環境調整などが必要 |
| 代表的な例 | 加齢による物忘れ、一過性全健忘 | アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症など |
記憶がなくなる主な病気とその特徴
一過性全健忘(TGA)
突然、1時間~24時間ほど直前の出来事が記憶できなくなる。自分の名前や家族は分かるが、今いる場所や行動が分からない。50歳以上の男性に多い。自然回復が多い。解離性健忘
強いストレスやトラウマ体験がきっかけ。自分の過去や個人情報を思い出せなくなる。精神的要因が中心。心理療法が治療の柱。認知症(アルツハイマー型など)
徐々に記憶や判断力が低下。加齢とともに発症リスクが上がる。初期は物忘れ、進行すると体験自体を忘れる。脳梗塞・脳出血・脳腫瘍・頭部外傷
急な記憶障害や意識障害が出る場合は要注意。早急な受診が必要。
受診の目安と準備
「いつもと違う物忘れ」「体験自体を覚えていない」「急に記憶が抜ける」場合は、早めの受診が重要です。特に以下のようなケースはすぐに医療機関へ相談しましょう。
・直前の出来事を全く覚えていない
・会話や行動がいつもと違う
・意識障害や言動の異常がある
・頭を強く打った後に記憶がない
受診前に準備しておくとよい事:
・いつ・どんな状況で症状が出たかメモ
・本人以外の家族・周囲の観察記録
・既往歴や現在の服薬状況
症例で分かる「記憶がない」症状の実際
症例1
30代の頃から片頭痛のあった50代前半の男性です。
ある朝、いつものように自動車を運転して出勤しました。しかし、会社に着いた時に「あれっ、俺は何で今ここにいるんだろう?」と思いました。起きて歯を磨いたところまでは覚えていましたが、その後朝食をとって家を出た事も、どういう道を走ってきたのかも、記憶がないのです。そこで、車の場所へ行って確認したのですが、事故を起こした形跡はありませんでした。
MRI検査(拡散強調画像)を見たところ、
左の海馬(記憶に関係する場所)に白く光っている部分があり、きわめて小さな脳梗塞と考えられました。
このMRI画像所見から、一過性全健忘と診断しました。
症例2
今まで特にこれといって病気にかかった事もない40代後半の男性です。片頭痛の既往もありません。
金曜日に仕事が終わって同僚と飲みに行きました。居酒屋でビールを飲み食事をした所までは覚えているものの、その後どうやって帰宅したかが分からない状態でした。元々アルコールには強く、それ程大酒を飲んだ記憶もありません。同僚に電話したところ、分かれた後いつもと同じように電車に乗って帰ったとの事でした。
心配になり、翌日当院を受診しました。
MRI検査(拡散強調画像)を確認すると、
右の海馬に白く光っている部分があり、やはり微小な脳梗塞と診断しました。
MRA検査(脳動脈の撮像)で見ても、
脳梗塞の原因となるような動脈硬化はなく、正常でした。
したがって、症状と画像所見から一過性全健忘と診断しました。
記憶がなくなる病気の診断方法
- ・問診(本人・家族からの情報)
- ・神経学的検査(MRI、脳波など)
- ・精神科的評価(DSM基準、心理検査)
- ・鑑別診断(他の病気との区別)
症状が現れた場合は、早めに専門医を受診しましょう。
治療と対応
一過性全健忘:多くは自然回復。安心できる環境で経過観察。
解離性健忘:精神療法・心理療法・ストレスケアが中心。
認知症・脳疾患:薬物療法・リハビリ・生活環境の調整が必要。
家族・周囲ができる事:本人の安全確保、不安の軽減、医療機関への同行・情報提供。
予防・再発予防のためにできる事
・充分な睡眠・バランスの良い食事
・適度な運動・ストレス管理
・生活習慣病の予防
・定期検診・早期受診
よくある質問(Q&A)
Q1. 「物忘れ」と「記憶がない」はどう見分ければいいですか?
A1. 物忘れは「忘れている自覚があり、ヒントで思い出せる」のが特徴です。一方、「記憶がない」場合は体験自体が抜け落ち、本人に自覚がない事も多いです。日常生活に大きな支障が出る、会話や行動が明らかにおかしい場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
Q2. 記憶が急になくなった場合、まず何をすればいいですか?
A2. まずは安全を確保し、落ち着いて本人の様子を観察しましょう。急な記憶障害に加え、意識障害・言動の異常・頭痛・けいれんなどがあれば、すぐに救急受診を検討してください。家族や周囲の人は、症状の経過や状況を記録しておくと診察時に役立ちます。
Q3. 記憶がなくなる病気は治りますか?
A3. 一過性全健忘は多くの場合、数時間~24時間で自然に回復します。解離性健忘も、適切な精神療法やストレスケアで回復が期待できます。認知症や脳疾患は進行性のものもありますが、早期発見・治療で進行を遅らせたり、症状を軽減できる場合があります。
Q4. どの診療科を受診すれば良いですか?
A4. 急な症状や重い意識障害がある場合は救急科、それ以外は脳神経内科、精神科、物忘れ外来などが適しています。迷った場合は、まずかかりつけ医や地域の医療機関に相談しましょう。
Q5. 予防のために日常生活でできる事は?
A5. 充分な睡眠、バランスの良い食事、適度な運動、ストレス管理、生活習慣病の予防が大切です。また、気になる症状があれば早めに受診し、定期的な健康チェックを心がけましょう。
まとめ
記憶がなくなる症状は、様々な病気が原因となります。自己判断せず、早めに専門医へ相談する事が大切です。適切な診断とサポートで回復や再発予防につなげましょう。
文献
- 水間 啓太, 矢野 怜, 村上 秀友, 河村 満, 山岸 慶子, 栗城 綾子一過性全健忘の病態機序―12例の画像所見からの検討― 昭和学士会誌、第75巻191-197、2015
- David R Spiegel, Justin Smith, Ryan R Wade, Nithya Cherukuru, Aneel Ursani, Yuliya Dobruskina, Taylor Crist, Robert F Busch, Rahim M Dhanani, and Nicholas Dreyers. Neuropsychiatr Dis Treat. 2017; 13: 2691–2703
—————————————————————
この記事は横浜脳神経内科医師が書いています。
資格
- 日本神経学会神経内科専門医・指導医
- 日本頭痛学会専門医・指導医
- 日本脳卒中学会専門医
- 日本内科学会認定内科医
- 身体障害者福祉法指定医
(肢体不自由、平衡機能障害、音声機能・言語機能障害、そしゃく機能障害、膀胱直腸機能障害)
略歴
- 1988年3月 千葉大学医学部卒業
- 1989年10月 松戸市立病院 救急部
- 1994年10月 七沢リハビリテーション病院
- 2002年4月 沼津市立病院 神経内科
- 2002年11月 長池脳神経内科開設
- 2012年11月 横浜脳神経内科開設




